リラダン『未来のイヴ』

未来のイヴ〈上巻〉 (1950年) (岩波文庫)

未来のイヴ〈上巻〉 (1950年) (岩波文庫)

 必要あってヴィリエ・ド・リラダン未来のイヴ』(Auguste de Villiers de L'Isle-Adam, L'Ève future, 1886)を読み直す。今読んでいるのは渡邊一夫訳、岩波文庫版・上巻(1938年初版、1997年12刷)。かつて齋藤磯雄の訳になる邦訳全集でも読んだが、どちらもそれぞれに味わい深い(まあ、原書も手許にあるので、邦訳2種類読むぐらいなら原文を読めばいいのだが、ちょっと大急ぎでテマティックに材料を見つけるような読み方をしなければならないので)。

 それは、紫がかつた絹の敷布団に置かれた一本の腕であつた。上膊部の断口[きりくち]の邊には血が凝固[かたま]りついてゐるらしかつた。直ぐ側のバティスト麻の布屑に赤い斑点が微かに付いてゐるところを見ると、確かに切断したばかりであることが判つた。
 若い女の手と腕であつた。
 花車な手首の周りには七宝作りの黄金の蝮蛇が巻き附いてゐたし、蒼白な手の薬指には青玉の指環が煌[きらめ]いてゐた。この世のものとは思はれぬ程良い形をした指は、恐らく何度も嵌めたらしい真珠色の手袋を握つてゐたのである。
岩波文庫版、上巻、50頁)

 筆写しているだけで陶然となるような訳文だ。ちなみに原文は以下のとおり。

 C'était un bras humain posé sur un coussin de soie violâtre. Le sang paraissait figé autour de la section humérale : à peine si quelques taches pourpres, sur un chiffon de batiste placé tout auprès, attestaient une récente opération.
 C'étaient le bras et la main gauches d'une jeune femme.
 Autour du poignet délicat s'enroulait une vipère d'or émaillé : à l'annulaire de la pâle main étincelait une bague de saphirs. Les doigts idéals retenaient un gant couleur perle, mis plusieurs fois sans dout.
Oeuvres complètes de Villiers de L'Isle-Adam, t.1, Genève, Slatkine Reprints, 1970, p.34)

 いま気づいたのだけど、このブログで欧文を書き込むと、一つの語の途中で改行されて表示されてしまうみたい。テキストエディターのように、語と語のあいだで改行するようにはならない模様。どうしたらよいのでしょう・・・。