池田晶子氏死去

 私が病臥しているあいだにたくさんのメールが届いていたが、師匠のK先生から「池田晶子死去」の報が届いており、驚く。

訃報 池田晶子さん46歳=文筆家
3月3日10時27分配信 毎日新聞
 親しみやすい哲学エッセーで知られる文筆家の池田晶子(いけだ・あきこ、本名・伊藤晶子=いとう・あきこ)さんが2月23日に腎臓がんのため亡くなっていたことが2日分かった。46歳だった。葬儀は近親者のみで済ませた。自宅は非公表。喪主は夫實(みのる)さん。
 東京都生まれ。慶応大学文学部哲学科卒。難解な専門用語を使わず、日常の言葉で執筆した著作は幅広い層の人々に支持されている。主な著書に「14歳からの哲学」「14歳の君へ」「帰ってきたソクラテス」「知ることより考えること」などがある。「サンデー毎日」で「暮らしの哲学」を連載し、亡くなる直前まで活動は続いた。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070303-00000002-maip-peo

 池田氏の訃報に驚きつつも、じつはさほど意外とは思わないというか、いずれにしろ長生きするかただとは思っていなかったため、いささか予定調和的な印象を抱いてしまうというのが正直なところである。彼女はもともと「自分には"いのち根性"がない」と言い続け、単に生きているだけでよいというものではないと書き続けてきた現代のソクラテスだ。池田氏のこと、私は10年ぐらい前は非常に高く買っていた。当時、彼女は「哲学は人生論ではない」としきりにくりかえしていて、私もそのとおりだと思い大いに同感し、彼女が世にあふれる人生論哲学書を容赦なく批判し破滅的な論理を展開するエッセイを愛読していた。彼女の文体も好きだった。その池田氏が、近年は、『14才からの哲学』とか『人生のほんとう』かといった人生論を書き散らしてベストセラーを生み出すようになったのは、いかに彼女がアカデミズムに所属しない筆一本で生計をたてている(がゆえに不本意なものも書かなくてはならない)人とはいえ、どうしても解せなかった。アカデミズムの社交を嫌っていた彼女が自著の読書会だか何だか、取り巻きを作るようになった*1のも潔いと思えなかった。それで評価できなくなった。自分はとくに生きていたいとは思わないと言いつつ、癌を発病したときには治療を受けている。それが悪いとはいわないが、ではなぜ手術を受けて生きよう と思ったのか、ということをきちんと語ってほしかった。そして自分の癌の経緯をうやむやにしたまま、ブログに癌闘病記を綴りながら志なかばで夭折したフリーランス・ライター某のことを、池田氏は週刊誌の連載で好き勝手に罵った。これもどうしても解せなかった。むろん、私のこのような愛憎相半ばする思いには、或るアーティストのむかしからのファンが、彼/彼女がメジャー・デヴューして成功して、多くの新興ファ ンを獲得してしまうことに憤るといった類の気持ちが多く含まれていることは確かなのだが。そういった次第で、しばらく前から彼女の新刊は、一応買うものの通読することはなく、この数年は買うこともなくなっていた。十数冊持っていた彼女の著作は今は自室から追い出し、階下の書庫にしまってある。まあ「ものを考えるのにテキストが必要ですか?」と挑発する彼女に少々食傷し、ちょうどその頃、澁澤龍彦を通してバシュラールと運命的に出会い、やがてハイデガーよりもカッシーラーを、デリダよりもフーコーを面白いと感じるようになり、小林秀雄よりも青山二郎稲垣足穂を、西田幾太郎よりも田辺元下村寅太郎を崇拝するようになり百科全書的傾向を強めていく私が、池田晶子のよい読者ではなくなっていくのはなかば必然ではある。とはいえ訃報に接してみると、じつは私は一度だけ池田氏とは言葉を交わしたこともあり、写真で見るとおり容姿も美しい彼女が、この若さで亡くなったときくと、哀しみを禁じえない。ほんとうに残念だ。いまはお酒の好きだった彼女に、一杯のビールを捧げ、祈るしかない。

WIKIPEDIA 池田晶子
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B1%A0%E7%94%B0%E6%99%B6%E5%AD%90
YOMIURI ONLINE 「お酒」池田晶子さん
http://www.yomiuri.co.jp/gourmet/food/shinagaki/20040601si11.htm

 彼女の本をいくつか紹介しよう。この4,5年に出た本は、正直言って粗製濫造の、エッセイとしても哲学としても話にならない出来だ。初期の本は掛け値なしにすばらしい。次の3冊はほんとうに名著だと思う。

事象そのものへ!

事象そのものへ!

 →最近のエッセイとは全く異質で、ややとっつきにくいかもしれない。しかし数理哲学から詩論まで、多くの先哲の思索をふまえて展開される絢爛たる博識の思惟。
オン!

オン!

 →埴谷雄高との対談。彼女のデヴュー作である埴谷雄高論を収録。
メタフィジカル・パンチ―形而上より愛をこめて

メタフィジカル・パンチ―形而上より愛をこめて

 →エッセイとしてはこの時期のものが一番完成度が高い。挑発的で論争的。人生論哲学を痛烈に批判。その後の彼女は『残酷人生論』あたりを転機に、みずから人生論哲学へと手を染める。これは端的に頽廃である。

*1:池田氏が自分で組織したわけでないにせよ、そういう人々を許容した。トランスヴュー社のPR雑誌に掲載したエッセイの末尾にこの会のことをアナウンスしていたこともある。