小河滋次郎『監獄学』

clair-de-lune2007-10-03

 内務省史についての資料渉猟が続く。今日読んだ文献は、小河滋次郎『監獄学』(和仏法律学校1903年=明治36年)。著者の小河滋次郎(1863-1925)は日本の監獄学の先駆けである。小河は当初、内務省・司法省の官吏として監獄行政の中心にあって刑務所の近代化に尽力し、のち、犯罪の抑止は監獄の近代化のみによって達成されるものでなく、社会全体の改良、とくに救貧政策や福祉の充実があってはじめて実現されるという考えから、社会福祉事業へと転じた。これまで彼についての研究書は、政治思想史の小野修三氏の手になる名著『公私協働の発端――大正期政治行政史研究』(時潮社、1994年)のような重要な例外をのぞいて、ほとんど刊行されていない。小河自身のテクストは高価なリプリント版著作集が一応刊行されているが(五山堂書店『小河滋次郎監獄学集成』全5巻、1989年)現在は品切、容易に入手できる文庫版などは存在しない。 幸いにも国会図書館近代デジタルライブラリーで主要著作は読める。本書、和仏法律学校版『監獄学』も、このアーカイヴから印刷した。
 本書は、900頁を越える大冊である小河の主著『監獄学』(警察監獄学会、1894年=明治27年)の要約版ないし、それに基づく講義の草稿(ないし記録)とみなすことができる200頁ほどの書物である。以下に目次をかかげよう。

第一編 汎論 1 [4コマ]
第一章 監獄ノ定義 1 [4コマ]
第二章 監獄学ノ意義 10 [9コマ]
第三章 監獄学ト重ナル専門科学トノ関係 15 [11コマ]
第四章 刑事人類学 29 [18コマ]
第五章 刑事統計及ヒ監獄統計 45 [26コマ]
第六章 犯罪及ヒ犯罪者 61 [34コマ]
第七章 刑罰及ヒ刑罰ノ種類 89 [48コマ]
第八章 行政及ヒ行刑法 148 [78コマ]
第九章 刑罰無能力者 192 [100コマ]
第十章 犯罪ノ予防 204 [106コマ]
([ ]内のコマ数は国会図書館近代デジタルライブラリーでの画像ページ数)

 一読して、独仏を中心としてヨーロッパの、おそらくは同時代にあっては最新の監獄研究の成果をきわめて目配りよく紹介していることがわかる。注目すべきは、これが単に西欧の学問の紹介であるのみなず、小河自身の解釈が随所に述べられている点である。西欧の最新の知識とはいえ、それを鵜呑みにすることなく、ときに批判的な意見も述べられているのである。たとえば刑事人類学の章をみてみよう。生得犯罪者(生まれながらに犯罪傾向を持つ人物)の存在を主張するイタリアの医学者ロンブローゾ(Cesare Lombroso, 1835/36-1909)の説はこの時代に西欧の犯罪学で決定的な影響力を持っており(彼の主著『犯罪人論(L'uomo delinquente)』は1876年刊行)、当然本書も彼の説を紹介しているが、しかし小河は自分自身の立場としては犯罪に至った者が育った社会条件の影響を重視するのでロンブローゾの説を全面的にとるわけにはいかないと書き添えている。

※画像は府中刑務所のパノプティコン! 以下のウェブページから借用した。
http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/futyukeimusyo.html