フセイン元大統領処刑映像

 イラクフセイン元大統領の処刑場面を収録したヴィデオ映像がネット上に流出しているらしい。元大統領が刑務官から暴言を浴びせられたり、アラーへの祈りを捧げながら絞首され死にゆく姿が収められているという。私は見ていない。すでに執行直前の映像がイラク政府によって公開されていたが、この処刑場面そのものの映像は、どうやら執行にあたった刑務官の一人が携帯電話のカメラで撮影したものらしく、現在、その刑務官はイラク政府に拘束され取り調べをうけている。実際には一介の刑務官ではなく、政府高官が撮影したともいわれているが、事の次第はわからない。おそらく、今後も詳細が明らかにされることはないだろう。死刑執行にあたったのがシーア派の一派だったため、メディア上では、スンナ派シーア派の対立が懸念されている。そして執行間際のフセインの狼狽を強調した映像を流すことでスンナ派にたいするフセインの求心力を低下させようという情報操作だなどという者もある。だが、問題はそんなことにあるのではない。私はそもそも死刑制度に絶対反対なので、この執行がどのような経緯を経ていても正当なものとは認めない。それを確認した上で言いたいのは、フセイン元大統領が仮に死に値する罪を犯しているとしても、その罪は死刑という処罰によって償われるのであるから、死の直前の様子を政府によって撮影され世界に放映されるなどという屈辱を受けるいわれはない、ましてや刑務官から暴言を吐かれ、死の場面を撮影され、それをネット配信されるなどという辱めを受けるなどというのは、明白な人権侵害である、ということだ。死刑という刑罰を認めるとしても、それはあくまで自らの罪を自らの存在をかけて償おうという痛ましい厳粛な儀式として行われるべきであり、そこに、死刑囚の尊厳を傷つけるようなことがあってはならない。それはその囚人が大量の人民虐殺を行った独裁者であるとしても(フセイン元大統領がそのような人物であるかどうかは別として)何ら関係ない。死を弄んではならない。このあまりに冒涜的な死刑執行を目にして、イラクに文明などないこと、現政権が(フセイン政権と同じかそれ以上に甚だしく)人権意識皆無の野蛮政権であることが明らかになったといえよう。元大統領の冥福を心より祈りたい。