人面瘡の文学誌

13日の精神医学史研究会の予習。人面瘡関係の文学テキストを集中的に読む。

人面瘡 金田一耕助ファイル 6 (角川文庫―金田一耕助ファイル)

人面瘡 金田一耕助ファイル 6 (角川文庫―金田一耕助ファイル)

 妹を殺した呪いで脇の下に人面瘡ができたという薄幸の女性。人面瘡は妹の怨念が引き起こした現象なのか? 探偵金田一耕助(これはむろん国語学者金田一京助の名をもじった人物名だが、土着的風習や奇事を「近代知」で解明するとも読める)が謎を解く。探偵小説の本質は還元主義だ。だから本書でも当然ながら人面瘡の正体は還元主義的=科学的に説明が与えられる。


受難 (文春文庫)

受難 (文春文庫)

 幼いころ修道院で育ち、男性にたいして性的魅力を示すことを頑なに拒んできた30代でヴァージンの女性フランチェス子。彼女の股間(女性器)に、ある日、人面瘡ができた。人面瘡は彼女を日々「ダメ女」と罵り、あれこれとわがままな要求をくりかえす。しかしどこか憎めない人面瘡をフランチェス子は「古賀さん」と名づけ、二人(?)は奇妙な同居生活を営む。
 姫野カオルコという作家は名前は知っていたが、どうもこの筆名や作品のタイトルから、あまり読もうという気がおこらず、読むのは本書が初めてなのだが、なんともはや、驚くべき傑作。饒舌体で繰り広げられる皮肉に満ちた社会批判。随所にサブカルからキリスト教にいたる作者の広い素養がちりばめられている。やはり先入観はいけない。今回読む機会を得られたことを感謝しよう。


ぼっけえ、きょうてえ (角川ホラー文庫)

ぼっけえ、きょうてえ (角川ホラー文庫)

 著者の実質的なデヴュー作。岡山の遊郭で女郎が客に語る寝物語。間引き女の娘として生まれた彼女の壮絶な生涯。そして、彼女の姉妹の死の秘密。「ぼっけえ、きょうてえ」というのは「とても怖い」という意味の岡山弁だそうだが、やはりというか、世の常というか、とても怖いのは人面瘡のような超自然的存在ではなくではなく、われわれ人間の営みなのだ。
 著者は独特のキャラクターと容姿でテレヴィなどでも有名だが、本書も含めてその作品はいずれも、ジャーナリズムのなかで軽薄に振舞っている通俗作家の小説などというものとは対極にある、丹精な出来映えである。


谷崎潤一郎全集 (第5巻)

谷崎潤一郎全集 (第5巻)

 短編『人面疽』を収録(谷崎は「疽」の字を使う)。「駆け落ちの手助けをしてくれた男を謀り殺した花魁の膝に、男が人面瘡となって現れる」というストーリーの映画が劇中劇になっている。ヒロインは売れっ子の映画女優で多数の作品に出演している。ところが、一本だけ、いつ撮影したのかわからない、しかし、たしかに彼女が出演している謎の作品があった。それがこの人面瘡譚なのだ。作中で映される人面瘡の映像は合成とは思えないリアリティ。そして、このフィルムを夜中に一人で見たものは、次々と病気に倒れる・・・。なお、本作は武智鉄二が『華魁』というタイトルで映画化している(映画をめぐる不気味な物語を映画化してしまうとは、いかにも武智らしい)。