ディアーヌ・ベルトラン『薬指の標本』@渋谷ユーロスペース

clair-de-lune2006-11-01

 公式サイト http://www.kusuriyubi-movie.com/
 小川洋子の同名原作をフランスの女性監督ディアーヌ・ベルトランが映画化。
 炭酸飲料の工場で働く若い女性イリスは作業中の事故で薬指に怪我をして退職する。彼女の新しい勤め先は標本を作るラボラトリー。そこは依頼者の求めに応じて、どんなものでも標本にして保管する。依頼者は封印したい思い出を持って、ここを訪れるのだ。自宅を火事で失い、焼跡に生えたキノコの標本を依頼する女性。恋人に贈られた曲の楽譜を持って現れ、その楽譜ではなく、楽譜に書かれた音楽を標本にしてほしいと願う女性。・・・依頼はみな一風かわっている。ラボの所長も、白衣姿の風変わりな男だ。経歴も日常生活もまったくわからない。かつて女子寮だった建物を買い取って、標本作成のラボを運営している、そしてイリスの以前にもアシスタントの女性を雇っていたことがある、ということがかろうじて明らかになるのみだ。謎めいた所長とイリスはやがて惹かれ合い、ラボの地下室で密会するようになる。所長は彼女に靴を贈る。革のストラップで足首を締め上げるその靴は、彼女の足にぴたりとあう。所長は、その靴を自分が見ていないときでもずっと履いていてほしいとイリスに求める。依頼者としてラボを訪れた靴磨きの男は、イリスに、その靴を早く脱がないと一生足から取れなくなり、靴の送り主から逃れられなくなる、と忠告する。だが、彼女は拘束されることを望む・・・。全裸に靴のみを身につけて所長に抱かれるイリス。
 ある日、焼跡のキノコの標本を依頼した少女がふたたびラボを訪れる。今度は、顔に負った火傷の痕を標本にしてほしいという。イリスは、そんなことができるのかと戸惑うが、所長はかまわず依頼を引受ける。少女は所長とともに地下の作業部屋へと消える。そして、それきり戻って来ない。少女に激しく嫉妬するイリス・・・。
 原作は小川洋子作品のなかでも出色の出来。この映画は原作にかなり忠実で、現実感にとぼしい静謐な雰囲気が、オルガ・キュリレンコという女優(ウクライナ出身の彼女は、フランスの地方を舞台とするこの映画のなかで、街に居場所がなく、郊外のラボまで流れ着いた etrangere という役柄にぴったりだ)の魅力のために、また、セットや照明の妙によって、よく再現されている。文藝作品の映画化としては希有な成功といってよいだろう。フランス語による映画になったことも、この作品にとって幸運だったようだ(日本で映画化するなら監督は誰が適任かと考えるのはなかなか楽しい想像だが、少なくとも英語圏では絶対に映画化してほしくない小説である)。

※画像は公式サイトより。