生物学史分科会月例会

 東大駒場で日本科学史学会生物学史分科会の月例会に参加。

生物学史分科会2月月例会を、以下のように開催いたします。
どなたでもご参加いただけますので、みなさまお誘いあわせの上、
お気軽においで下さい。

≪日時≫ 2月17日(土) 午後3:00〜5:00

≪場所≫ 東京大学駒場キャンパス14号館3階308号室
        ※京王井の頭線駒場東大前」駅下車、渋谷寄り改札を
          出て正面手前に構内案内板があります
       http://www.c.u-tokyo.ac.jp/jpn/kyoyo/map.html
 
≪発表者≫ 梶谷 真司 氏     
    ※ 帝京大学文学部国際文化学科・助教

≪題目≫ 江戸時代の育児書から見た医学の近代化
             ――桑田立齋『愛育茶譚』の翻刻と考察
 

≪内容紹介≫

 医学の近代化が論じられる際、たいていは理論書に記された専門
家の見方に焦点が当てられています。しかし、民衆のために活躍した
実践家の場合はどうだったのでしょうか。
 今回の発表では、江戸時代の育児書という、専門家と民衆の中間に
位置する書物から、蘭医方の影響を受けた医学の身体観や病因論、
その近代化についてお話いただきます。
                         

 専門家の知識(科学)と民衆の知識(体験)の間のゾーンに成立する経験をさぐるために、医者が書き民衆が読む書物である育児書に注目したというのは現象学を専門とされる梶谷さんならではの視点で、大変に刺戟的であった。この発表のように科学史の材料を使って哲学をするというプラクティスはもっとなされてよいはずだ。
 江戸期の育児書について私はまったく知識がないので、この発表をきいてはじめて知ったことが沢山ある。すこし梶谷さんのレジュメから拾ってみると、たとえば香月牛山『小児必用養育[そだて]草』(1703/1714年)には、授乳について、こんな記述があるという。――乳母をえらぶにあたっては、その女性が身体的に健康でなければならないことは当然だが、そればかりではなく、彼女の性格や品行、精神状態などをも見極めて選ばなければならない。なぜなら、不道徳な女性が子供に母乳を飲ませると、その不道徳な性格は母乳を通して子供に伝わるからだ。――云々。モラル上の性質を母乳が直接媒介する、いわばモラルの実体論。ほとんどバシュラールが『科学的精神の形成』に蒐集している「実体論いよる認識論的障害」のようではないか。科学にとっての認識論的障害とは想像力一般の文脈では祝福されるべき綺想である。そんな綺想の宝庫たる江戸科学史の発掘にはまだまだ多くの仕事が残されているようだ。
 梶谷さんは今回の発表で扱った『愛育茶譚』の全文翻刻と解題を帝京大学の紀要にまもなく掲載される予定。どこかの出版社で江戸医学史のリプリント版叢書とかアンソロジーをつくる際にはぜひ収録してほしいものだ。