四方田犬彦『月島物語ふたたび』

 四方田犬彦氏の名作『月島物語』(集英社、1992年;集英社文庫、1999年)が増補改訂の上、工作舎から『月島物語ふたたび』として復刊された。工作舎は一昨年月島に移転したのだが、この書肆ならではの凝った編集・造本になっていて、旧版の読者にも楽しめるはずである。

月島物語ふたたび

月島物語ふたたび

→2007年1月刊、2500円。

 1988年、ニューヨーク帰りの批評家が、東京湾に浮かぶ月島で、長屋暮らしを始めた。植木が繁茂する路地、もんじゃ焼の匂い漂う商店街、鍵もチャイムもいらない四軒長屋……。 昔ながらの下町の面影を残すこの街だが、実は日本の近代化とともに作られた人工都市だった。モダニズムノスタルジアに包まれた街――批評家はそのベールを一枚ずつはがし、月島の全体像を浮かび上がらせていく。日本近代化論、文学論、都市論を縦横に駆け巡る傑作エッセイの待望の復刊。第一回斎藤緑雨賞を受賞した単行本版、文化人類学者・川田順造氏との対談を含む文庫版補遺に加えて、書き下ろしエッセイ、建築史家・陣内秀信氏との対談、各時代の月島風景などを収録した決定版。
工作舎サイトより http://www.kousakusha.co.jp/DTL/tsukishima.html

○月島を歩く http://www.kousakusha.co.jp/RCMD9/rcmd_tsukishima.html


 すばらしい造本だ。本文はブルーブラックで刷られ、小口には同じ色でグラーデーションが施されている。実験的だが、本文の可読性を妨げない遊びである。造本デザイナーのお手本のような仕事である。ページの内側から外側に向かうにつれて色が濃くなっていくのは、本の外側から外気や光によって色あせ・日焼けした古本のようでなかなか楽しい。装丁写真もすばらしい。
 以前に文庫版で読んだので、この新装版ではひとまずいくつかの章と「月島2006」以下を
読む。ノスタルジーの視線のなかで十把一絡げになっているものたち、たとえば月島と佃という近接する二つの地域とか、もんじゃ焼きとレバの串カツといった庶民料理の二典型のように類似もののあいだに微妙な違いを読み取り歴史を考証していく方法、それも自分が暮らす場所で自ら食したものを通して得た身体的経験を近代史の考証につなげていく技はカルスタ+ポスコロ+メディア論で論文(と称するもの)をでっちあげているどこかのだれか(もうこんな連中は絶滅したかと思っていたらいまだに生き残っていることを最近確認し憂鬱)とはまったく異なる水準にあり、エッセイを読む快楽を存分に味わわせてくれる。私は「水の領分」の章がことのほか気に入いった。
 この数年、土地・空間・場所論、ユートピア論、地理学、地政学リージョナリズム等にかんする本を蒐集しており(100冊以上になる)、東京にかんする本もかなり集めたが(80年代の都市論ブームで嫌というほど出ている)、この本は数ある東京のトポグラフィのなかでも
幸田露伴『一国の首都』(岩波文庫版併載の『水の東京』が絶品)、藤森照信荒俣宏『東京路上博物誌』(鹿島出版会)、陣内秀信氏の諸著作(『東京の空間人類学』ちくま文庫、その他)、鈴木博之『東京の[地霊]』(文春文庫)、中沢新一『アースダイバー』(集英社)などと並ぶ傑作といえよう。必読である。