麻原尊師の死刑判決確定

昨日、麻原彰晃の死刑判決が確定した。わたしはそもそもいくつかの理由で死刑制度に反対なのだが、それはともかく、この裁判には問題が多すぎる。裁判官が麻原に勝手に接見に行っていたり(裁判官は提出された証拠以外の判断材料を持ってはならない。被告と面談など前代未聞である!)、弁護団が控訴趣意書を提出していなかったり(麻原と打ち合わせができないので趣意書が作成できないと主張しているが、提出しなければ死刑が確定することは自明である以上、依頼人の利益確保を最優先の職務とする彼らは、趣意書を形式だけでも整えて出すべきであった)、精神鑑定が無茶苦茶だったり(裁判所側と弁護側、それぞれが依頼した精神科医の鑑定結果が正反対のものとなった。同じ身分を持つ専門知が対立したとき、どちらが正当かを判定するメタの審級はどこにあるのか? といった議論は当然なされてしかるべきだが、弁護団側の鑑定書が根拠なく無視される形で二つの判断の対立が強引に解消された)、とにかく、国家が剥き出しの権力を行使する最も端的な形である死刑の判決確定がこれほど安易になされてしまうわが国に、近代法というものがまともに機能しているのかと考えると厭世的な気分にならざるをえない。
麻原死刑判決の問題点を論じた次の本は必読である。

「麻原死刑」でOKか?

「麻原死刑」でOKか?

いや、それだけではない。麻原はわが国の歴史上類例をみない、その方法も特異で、背景もいまだはっきりしない異常なテロルの首謀者である。犯罪精神医学上、きわめて重要な症例であることはあきらかだ。犯罪のデータの蓄積を図るという点でも、麻原を殺してはならない。
麻原死刑反対の署名運動でもするか。こんなことをしたら私が私刑に遭いそうだが。