西川美和監督『蛇イチゴ』(2003年公開)を見る。

蛇イチゴ [DVD]

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家庭を営むというのは、家族みなが小さな嘘を重ねることなのかもしれない。会社を解雇されたことを家族に隠し続ける父はもとより、義父の介護をひきうけている母も、労苦やストレスを「耐える」(本当は辛いのに、辛いという態度をみせない)という嘘をついているわけだし、その義父は痴呆による妄想という一種の嘘を毎日口にしている。教師をする真面目な長女(実は彼女は教え子の言い訳を嘘だと決めつけるような無自覚な偽善者だ)は自分の家族の虚像(父は実直な会社員で、母は祖父の介護に生きがいを感じている云々)を婚約者にそのまま伝えることで結果として嘘をつき、その婚約者も彼女への愛を誓っていたはずなのにひとたび彼女の家が窮状に陥ると婚約に難色を示す(彼は彼女ではなく、世間体のいい女と結婚したかっただけだ)。一家の嘘は祖父が死に、葬儀のさなかに露見する。誰もが「密かに」嘘をついているなかで、ひとり長男だけが「公然と」嘘をつく家業、言葉巧みハッタリを並べて方々の葬儀会場に忍び込んでは香典を盗む泥棒をしている。彼は父に勘当されていたが、祖父の死にさいして家に戻ってくる。香典泥棒を働こうとした葬場で、自分の祖父の葬儀がとりおこなわれていたのだ。嘘つき一家に嘘をつく兄の語ることばは、一巡して真実なのか?
監督・脚本の西川美和は制作当時28歳。恐るべき才能である。現在公開中の新作『ゆれる』を早く見に行かなくては。